かくれんぼ

 昭和の始め,日本は太平洋戦争へと突入した.当時,与平は8歳だった.近所の友達
と遊び回るやんちゃ坊主だった.負けず嫌いで常に一番でないと気が済まない性格で,
勉強でも遊びでも何でも真剣になってしまう.


 ある日の昼過ぎ,いつものように近所の子供たちが集まった.今日はかくれんぼをや
ることになった.前にかくれんぼをやった時は,与平は巧みに鬼から逃れ,ついに日が
暮れてしまったので仕方なく家に帰ることにした.今回も逃げきってみせようと思って
いたが,じゃんけんで負けて鬼になってしまった.それはそれで楽しいかもしれないと
与平は思った.村の田畑で働く人のために3時の一服の時間に鐘がなる.その時間まで
に全員見つけてやろう.そうすればもう一度できるではないか.


 案の定,与平は次々と矢継ぎ早に友達を見つけていった.太陽の位置からするともう
すぐ一服の時間になるはずだ.しかし,一人だけどうしても見つけられずにいた.それ
は,最近都会から疎開してきた太郎だった.太郎はなかなかのきれもので,何でも一番
だった与平の立場を危うくすることが度々あった.この前はベーゴマで負けてしまった
.その後再戦した時に雪辱を果たしたものの,与平にとっては忘れられぬ屈辱だった.
その太郎を見つけることができていない.与平は焦った.このままでは再び太郎にして
やられる.何としても見つけ出さなくては.ところがその時,サイレンが鳴響いた.遠
くの空から低いエンジン音が聞こえる.空襲だ!


 皆,慌てて防空壕に逃げ込んだ.いつもはただ村の上空を通過してしまうだけだが,
今日は違った.飛行機から爆弾が投下される.都会の街を空襲にいった帰りがけに,機
体を軽くするために余った爆弾を落としたのだ.村は一瞬にして火の海と化した.家も
牛舎も皆ゴウゴウと音をたてて燃え上がってしまった.村にはもう住めない.村人は防
空壕の中で緊急会議を開き,親戚や知人をつてにして村を離れることで意見を一致させ
た.与平もK県の叔父の所へ行くことになった.


 K県へ疎開してからしばらくして終戦を迎え,その後,町の工場で働いて生計をたて
,妻子をもうけ,ごく普通に暮らしてきた.今では,かわいい孫もいる.時が流れた.
明日であの疎開の日から50年が経つ.与平はあれから一度も生まれ育った村に立ち寄
ったことはない.村は爆弾によって火の海と化してしまったけれども,いつも駆け回っ
た野原や泳いだ川はきっとそのままの姿を残しているだろう.いや,せめて自然だけは
残っていて欲しいと与平は願っていた.50年と丁度きりの良いこともあって,与平は
明日,村に行ってみることにした.


 翌日,与平は村に着いた.村は以前とは全く様変わりしていて,近くの大きな町のベ
ッドタウンとして住宅が多く建ち並んでいた.しかし,雰囲気はどことなく昔の村のよ
うな気がした.今日のような晴れた日は,山の緑が美しく,やわらかな風が流れる.こ
れは当時と変わらない.すこし山の方に行くと,昔遊んだ野原が,泳いだ川があった.
与平は思わず涙が出た.自然は与平の期待を裏切らなかった.


 しばらくして気分が落ち着いてくると,少し離れた木の下に自分と同じくらいの年齢
と思われる一人の男性が立っているのに気付いた.その男性も涙を流してすすり泣いて
いる.もしやと思って近付いて尋ねてみると,やはり,村で一緒に育った吾作だった.


 吾作はあの日からA県に疎開していって,そこの役場で働いてきたという.しばらく
互いに自分の成り行きを話してから,昔の友達の話に花が咲いた.吾作は,疎開してか
ら何人かの友達と手紙をやりとりしていたそうだ.一郎はどうしたとか文治はどうした
とか友達の成り行きを聞いているうちに,与平はふと,太郎の事が気になった.与平に
とっての唯一といってよいライバル,太郎.彼はどうなったのか,吾作に尋ねてみた.
吾作は太郎の名を聞いた時に,少し顔を暗くした.与平はそれを見て,覚悟した.その
予想通り,太郎はすでに亡くなってしまったそうだ.それも,あの空襲の爆弾によって
燃え盛る牛舎の火に巻き込まれてしまったのを村の大人が目撃していたという.牛舎の
奥に隠れていたらしく,出てくるのに時間がかかり,防空壕に逃げるのが遅れたらしい.
日が暮れてきたので,与平と吾作は互いの連絡先を教え合ってから帰路につくことにし
た.


 翌日,与平の家族は裏の木に与平の姿を見ることになる.与平の書斎には1枚の置き
手紙があった.
 「太郎を探しに行ってくる」