Date: Sun, 3 Dec 1995 16:20:46 +0900

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bogomil's CD collection #3     [――――――◎◎]
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ブラームス:《ラプソディ》第2番ト短調 
3人の演奏を聴く

 ブラームスの《ラプソディ》第2番ト短調op.79-2は、深刻な響き、低音域の独得
の用法、沈痛な雰囲気を特徴としている。この面では、極めて、ロマン主義的な作品
ということになるが、他方、形式面では、ほぼ標準的なソナタ・アレグロ形式として
分析することが可能で、ブラームスの古典主義的側面を示している、ともいえる。こ
こでアルゲリッチ(アルヘリチ)、ルプー、ポゴレリチの3人の演奏を聴き比べてみ
よう。

 まず、全体的な表現。アルゲリッチ(1960年録音)はロマン派的な雰囲気をよく出
しており、多少のテンポのゆれ(アゴーギク)はあるものの、音楽は自然に流れてい
る。ルプー(1978年録音)は、あっさりしていて、思い入れは少なく、この曲の深刻
さは、あまり強調されていない。これに対して、ポゴレリチ(1992年録音*)は、こ
の3人の中でテンポのゆれがもっとも激しく、重苦しい雰囲気が強調されている。

 この3人、基本的なテンポ設定もさまざま。演奏時間で比較すると、ルプーの5分
41秒がもっとも速めで、次いでアルゲリッチ6分27秒、ポゴレリチ8分21秒となる。
ルプーとポゴレリチの差は大きい。しかも、ルプーがイン・テンポで進んで行くのに
対し、ポゴレリチはときおり、かなり音楽を停滞させる。特にポゴレリチは、展開部
の最後で息の長いリタルダンドをかけていて、この先、どうなるのか…と心配になる
ほどだ。「軽妙なブラームス」が好みの人にはルプー、「重厚なブラームス」が好み
の人にはアルゲリッチ、ポゴレリチ、ということになるかもしれない。筆者は、アル
ゲリッチをまず最初に聴いていることもあって、ルプーは軽すぎて物足りず、ポゴレ
リチは過剰、といった印象を受ける。

 演奏解釈の細かい点でも、それぞれ違いがある。特に考えさせられるのは第2主題
(提示部では第14小節以降)の弾き方。アルゲリッチとルプーが控え目に、弱音で弾
いているのに対し、ポゴレリチは、決然と、かなり強い音で弾いている。これは、ち
ょっと普通には聴かれない弾き方なので(ヘンレ版ではmpと指定されている)、ドキ
ッとさせられる。よい意味での個性的解釈として評価するか、恣意的すぎる、と評価
するか、意見の分かれるところだろう。ただ、この曲の雰囲気には合っているような
気もするし、全体のまとめ方の点から見ても、ひとつの持って行き方として評価でき
るかもしれない。また、ポゴレリチは、カツァリスなどがよくやるように、提示部の
第2主題の後半で内声を強調して、対旋律を浮かび上がらせている(再現部では、や
っていない)。

 この3人の演奏は、同じであって、同じではない。筆者の聴く限り、楽譜のレベル
では、この3人の演奏は同一の音から成り立っており、その意味では、同じ曲の演奏
だ。しかし、この曲が音になり、聴き手の聴覚を経て、聴き手に心理的作用を及ぼす
ところまでを考えると、とても同一の演奏とはいえない。

 前述のように、筆者は最初にアルゲリッチを聴いているので、どうもこれが基準に
なってしまっている。もし、最初にルプーを聴いていたら、この曲をそれほど深刻な
曲とは感じなかったかもしれない。逆にまず最初にポゴレリチを聴いたとすると、あ
まりに陰鬱で、やりきれない曲、という印象を持ったかもしれない。こういった点に
こだわると、クラシックもジャズと同様、演奏まで含めないと評価できない、という
ことになるだろう。言い方を変えるなら、たとえば「ブラームスのラプソディが好き
」と感じていても、それは、正確には「アルゲリッチの演奏するラプソディが好き」
ということで、「ルプーのラプソディは嫌い」かもしれない、ということだ。

 楽譜を見るだけで、すべての音が頭の中にイメージできるような人はさておき、プ
ロ、アマを問わずたいていの人は、実際に音にならなければ、その曲を聴くことはで
きない。この意味では、音楽は音になったときに初めて音楽になる、ということにな
るが、音になった音楽というのは、決してひとつの固定されたものではなく、「演奏
されるごとに」まったく違ったものになる、ともいえるだろう。

 演奏会で聴くにせよ、CDで聴くにせよ、その曲との「最初の出会い」というのは
、後々まで、大きな影響を及ぼすような気がする。そして、このことを敷衍すると、
「クラシックとの最初の出会い」も、「楽器との最初の出会い」も、「楽器の先生と
の最初の出会い」も、同じように重要な意味を持つといえるだろう。にもかかわらず
、これらの大切な「最初の出会い」が偶然の産物であったり、何の考えもなしに、な
されていることもしばしばだ。「最初に、いいものに出会う」。音楽の場合には、こ
れは大変、むづかしいことといってよいだろう。

*Discography:
Brahms: Intermezzi Op.117 / Rhapsodien Op. 79 U.A. / Ivo Pogorelich.
Gramophon 437 460-2

94/03 rev.95/07